カテゴリ:理系的思考( 2 )

 

人間の倫理の相違とその綻び。

梅雨です。

今年の梅雨はまるで帳尻合わせのように降らない日があったと思うと、まとめてドカッと降りますね~おかげで我が町も色々災害が例年になく多いでございます。

その中でのお話。
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by Edith_workaholic | 2006-06-22 19:33 | 理系的思考  

ロボットと生物における感情の認知理論

今日は普段思っていたことを徒然と、大学の論文だと思ってください、、


具体的に、さまざまな感情はどのような機能を果たしていると考えたらいいのだろうか。
あらかじめ断っておけば、現代でまだスタンダードと言えるような認知理論は存在しない。

したがって、大雑把なモデルを考察することで満足するとしよう

例えば<恐れ>は、我々が何かの目標に向かって行動している最中に、突然に自己保存の目標が危うくされるような場合に出現する。

そしていったん出現した<恐れ>は、その行動を中断させ、システム全体を待避もしくは反撃の為の準備モードへセットし、しばらくの間、生理的緊張状態を伴った警戒態勢とともにそのモードを持続させる。

感情のモードはこのように、典型的には、ある目標に沿った行動を別の目標のために中断せざるをえないような場合に出現し、目標同士の優先権を逆転させ、新たな目標を、それが満足されるか再び破棄されるかまで維持する。

システムはある感情を意識的に「選び取る」のではないかという意味で、感情の生成を意識的に行う高次のモジュールが存在する必要はない。

だから感情は、無意識的・本能的・反射的な行動そのものではないが、ある状況認知をきっかけに無意識的・本能的・反射的に出現して、行動プランの意識的な考慮や、パニック型の逃走のような本能的行動を引き起こす。

そうすると、感情モードが典型的に出現するのはそもそも現行のプランの遂行に混乱が生じる場合であろうから、そうしたモードが数多く存在するのはかえって混乱を増大させるだけだろう。

オートリーとジョンソン=レアード※1は、人間に普遍的な感情は少なくとも五つ存在すると主張する。それらは喜び、悲しみ、不安(恐れ)、怒り、嫌悪である。

それらの機能は、「完全に予見することが不可能な環境世界において、多様な目標を達成するための行動をいかに計画し、いかに実行するかという問題を生物学的に解決する」ことである。

動物である我々にとっての多様な目的とは何だろうか?

それは、食物や水の環境を維持することであり、それらを確保することである。また、自分にとっての快適な環境を維持することであり、敵から逃れることである。また、縄張りを保持することであり、配偶者を探して子供を作ることである、等々。

そこで五つの基本的な感情モードは、これらの目標(行動プラン)どうしがお互いに競合せざるをえないような場合に、次のような働きをする。


【喜び】
現行プランの分岐点:下位目標が達成されている。

路線転換後の状態:必要な修正を加えて、プランを続行せよ

【悲しみ】
現行プランの分岐点:主要プランの失敗、あるいは有効な目標の喪失。

路線転換後の状態:何もするな、あるいは新しいプランをさがせ

【不安】
現行プランの分岐点:自己保存の目標が脅かされている。

路線転換後の状態:止まれ、そして(あるいは)周囲を注意深く警戒し、そして(あるいは)逃げろ

【怒り】
現行プランの分岐点:実行中のプランが妨害されている。

路線転換後の状態:もっと頑張れ、そして(あるいは)攻撃しろ

【嫌悪】
現行プランの分岐点:味わい・好みの目標が侵されている。

路線転換後の状態:そのものを吐き出し、そして(あるいは)退却せよ


彼らの考えでは、これまでの人工知能は、人間よりもむしろ昆虫の知性に似ている。
というのは、昆虫やロボットは、環境からの同じ刺激に対して同じ不適切な行動を何度でも繰り返すだろうが、哺乳類では、適当な感情モードに入ることによって一群の行動プランの間での選択が可能となる、と彼らは考えるからである。

しかし、感情によって紋切り型の行動パターンからの解放が可能となる、というのが彼らの強調点なので、可能になる選択肢の数が増えていくことで逆に「フレーム問題」※2の危険を招き寄せているのではないか、と不安になるかもしれない。

しかし、その心配はない。

一つの感情モードが開く選択肢は限られており、感情モードそれ自体も基本形は五つ程度のヴァリエーションしかない。したがって、考慮すべき選択肢の数が増えたといっても、昆虫や間の抜けた(産業用程度の?)ロボットの紋切り型パターンと比較してのことにすぎない。

「フレーム問題」の困難は、考慮すべき項目の際限のない増殖であって、決断の欠如はむしろその結果である。それに、危機的場面で決断できない、「優柔不断」の存在は、我々の間でもごくありふれたものだ。だから「フレーム問題」に悩むロボットにとっては、感情の魅力はむしろ逆に、計算論的にはのっぺらぼうに増えていく選択肢を革命的にざくっと減らすところにある。
そしてその削減が、なかば無意識の<生物学的素材による因果的解決>によって行われるところにある。






※1感情とは行為選択にに関するさしせまった問題の「生物学的な解決」であるという理論。それどころか現代の脳科学の見地からすれば、ずばり「感情は化学物質である」らしいw

※2「何も考えなくてもいいか」ということを考えずに、考えなくてもいいことをいかに考えないですますか、という問題である。哲学的かもしれないw簡単に言えば、的の真ん中を射抜こうとしてタイミングを逃すより、少し外れてでもともかく射ることのほうが大事だろう、という感じでしょうか。
     
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by Edith_workaholic | 2005-11-14 02:57 | 理系的思考  

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